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クローネマキコの舞踏会参加レポート

「一生に一度でも・・・」の思いで夢を実現してから早20余年。参加回数は100回を超えましたが、文化、伝統、そして社交を毎回楽しんでいます。。

参加された方々の体験談&フォトは、舞踏会体験談&フォトをご覧ください。

2016年シーズン

今回はクライネ・クローネより10名以上の方々が参加され、クローネマキコは舞踏会3つ「医師の舞踏会」「オペラ座舞踏会オーパンバル」「カフェオーナーの舞踏会」に参加して参りました。[渡墺49回目、舞踏会参加108回目]

オーパンバルでは60回記念の扇子もおみやげにもらって、いつものように朝まで…踊り明かしました。

*クローネマキコが毎月コーナーで出演しているラジオ番組では、参加者のお一人、佐藤エミリアさんにゲスト出演して頂きました。オンエア録画をYou Tubeでご覧ください。
*掲載の写真はクローネマキコ、友人、参加者の方々が撮影のものですべて了承を得ておりますので、無断転用は固くお断りします。

前日の食事会でハッピーバースデー! プラシド・ドミンゴ 「メリーウィドウ」
ウィーンの友人達と一緒に参加 バレエの演出をしたマラホフ
60周年記念のお土産 王宮舞踏会に、長年の友人達と

2015年シーズン

今年はクライネ・クローネを設立してから15周年記念の年。
そして今や親友であるマティアスと知り合って15年。
そのお祝いに!と、仕事をやり繰りしてマティアスは一緒にオペラ座舞踏会に参加してくれました。
舞踏会では彼の友人知人に数多く会い、ボックス席に招待して頂いたり伯爵夫妻にお会いしたり…その都度、「僕たちの友情15周年を祝ってるんだよ」と、皆に紹介してくれました。

美しく、華やかで、夢のようなウィーン舞踏会に参加できるだけでも心浮き立つ時間ですが、変わらない友情をここウィーンで得たことの喜びをかみしめた、舞踏会の夜でした。

2014年シーズン

クライネ・クローネより 10人近い方々がウィーンの舞踏会に参加され、クローネマキコも4つの舞踏会に参加して参りました。
このシーズンで、クローネマキコは初めてのウィーン舞踏会参加からちょうど20年、参加回数も100回を越した記念の年となりました。

何度参加しても美しいオペラ座舞踏会オーパンバル。
数年来親しくさせて頂いているご夫婦、そのお友達とご一緒しました。
法律家舞踏会では、今年も日本人デビュタントが誕生致しました。
たまたま撮影に来ていた日本のテレビカメラクルーにも撮影して頂く幸運にも恵まれました。
数年ぶりに参加した仮面舞踏会、ウィーンで購入した猫のお面を意気揚々としていったのですが…友人たち達にはとても不評でした(笑)。けれども会場では親友マティアスにもバッタリ会い、もちろんカドリールダンスも楽しむことができた夜でした。 10年来のプライベートの友人たちとは、カジュアルな雰囲気のボンボンバルへ。
踊ったり喋ったり笑ったり、毎回とても楽しい時間を過ごします。

今年初めてのイベント、東日本大震災チャリティーコンサート「ウィーンで歌う第九UTAU DAIKU」に、ソプラノとして参加致しました。これは、ウィーンフィルニューイヤーコンサートで世界一有名な学友協会で、ウィーン少年合唱団と一緒に歌うというもので、日本からは数百人のコーラス、そして福島県南相馬市の生徒さんたち20人も参加しました。
日本での全体練習、ウィーンではゲネプロを経て迎えたコンサートには、クローネマキコの現地友人たちも10人ほど聴きにきてくれていて、会場は満員。感動的な第九となりました。
アンコールで歌った、震災復興ソング「花は咲く」のリハーサルには、震災当時など色々なことが頭をよぎり、歌いながらどうしても涙が止まらなかったのですが、本番にはアンコール曲も笑顔で歌い終わることができました。

友人達には、「花は咲く」の歌詞の意味(意訳)をコンサート後に伝えました。 素晴らしかった、感動をありがとうの感想が送られてきた中から3人の一部をご紹介し、今年の報告を終わらせて頂きます;

It was beautiful and we are proud to have a singer in our rows. I think it's important for thr world not to forget the Fukoshima accident. And this is a wonderful way to do this. This song took away the audiance to a peaceful place into japan for dreaming.

コンサートはとても美しく、僕たちの中から歌手が出たことを誇りに思う。世界にとっても、あのフクシマの事故を忘れないことは大事で、そのためにも素晴らしい方法の一つだと思う。あの曲は聴衆を、夢見ている日本の、平和な場所に連れて行ってくれた。

I very very much like the last song, the Japanese song, the melody and all the voices, was very impressed! As we all know, the origin behind this song is a very sad one, let us hope that such tragedy never will occur, nowhere in the world!!!

最後の曲、日本語の曲がとてもとても良かった。メロディーや声(コーラス)がとても印象的だったよ!この曲の背景にあるのがとても悲しいものだということを知って、もう世界のどこにも、あのような悲劇が起こらないことを!!!

The last song – even if I didn’t understand anything - was so beautiful, I looked at the people singing – nearly all sang it by heart – specially the Japanese students above. The song was so beautiful to listen - it fully went under my skin! It was a very emotional and special event for us!

2曲目は(全く歌詞は理解できなかったけれど)とても美しかったよ。歌う皆さんを見ていて、ほとんどの人達が暗譜をしていたね、特に日本からの生徒さんたちも。あの歌は本当に美しくて、鳥肌が立つほとだった。僕たちにとってとても感情的にスペシャルなイベントだったよ!

2013年春

スペイン乗馬学校での開催という珍しい舞踏会、Fête Impérialeに初めて参加。オープニングのパフォーマンスにはポニーや、ウィーン少年合唱団も出演していました。

2013年シーズン

今シーズンは王宮の舞踏会にて「デビュタント」も誕生し(日本・プロトコール&マナーズ協会様からのご依頼により)、クローネマキコもそのお手伝いとしてオーディションから見守らせて頂きました。
日本の皆さんとご一緒に、あるいは個人的に友人と共に、5つの舞踏会に参加致しました。知人・友人との、相変わらずの交友を楽しみ、踊り、社交界ならではのVIPとも知り合い… やっぱり、舞踏会は楽しい!と実感して参りました。

ウィーン経済界の座舞踏会にて親しくしている方たちと (ウィーン経済界の座舞踏会)
親しくしている方たちと
オペラ座舞踏会オーパンバル2013 オペラ座舞踏会
オーパンバル
ヨハン・シュトラウス舞踏会 10年以上の親友マティアス ヨハン・シュトラウス舞踏会ヨハン・シュトラウス舞踏会
(ドレス Mariko Kohga)

2012年シーズン

オペラ座舞踏会では、前駐日オーストリア大使と偶然同じテーブル席となり、天皇陛下から賜ったという勲章を、この舞踏会で初めて身に着けてつけていらっしゃったとお聞きし、日本人としてとても誇りに思いました。

2011年シーズン・及びDAC

このシーズン、クローネマキコは初めて、ドイツ(フランクフルト)のオペラ座舞踏会に参加致しました。
ウィーンでも、オペラ座舞踏会ほか、いくつかの舞踏会へ。
そして、4月にはウィーンの親友主催のチャリティー舞踏会、Dancer Against Cancer (DAC)へ。3月11日の東日本大震災の後ということもあり、主催の親友はじめ、現地の友人たちから心配の声を掛けられてきました。

フランクフルトの
オペラ座


Dancer Against Cancerにて
マティアスと、
とても素敵なおばあ様と

滞在中は、面識のあるハプスブルグ家末裔プリンセスをお城に訪問しましたが、プリンセスもチャリティーコンサートを企画されているとお聞きし、感激でした。

2010年4月Dancer Against Cancer

クライネ・クローネのプロデュースのもと、2名の日本人がデビュタントとして参加しました。 今回、日本人デビュタントは最前列でのダンス披露という栄誉を授かりました。 また、デビュタント以外の日本からの参加者3名には、マティアス先生の計らいで今回は特別にVIPチケットをご用意して頂きました。 各界著名人もチャリティーに参加し、舞踏会は大盛況で幕を閉じました。 クローネマキコは、オーストリア人なら誰でもしっているミュージシャンとも、知り合いになったのです。

ここでは、DaCからの写真を下にご用意したスライド、または ウェブアルバムでお楽しみください。

Dancer against Cancerってどんな舞踏会?についてはこちらをご覧下さい。

2010年シーズン

IAEA舞踏会など4つの舞踏会に参加、その中には、かのシュトラウス家末裔の方がデビュタントをされるシーンにも遭遇致しました!さすが、ウィーンですね。そんな方が"普通に"私たちの身近で踊っているなんて。
4月には、親友マティアスが主催する癌チャリティー舞踏会、Dancer Against Cancerにも参加致しました。
マティアスのご両親と

2009年シーズン

今回は初めての企画としまして、参加者の方々とウィーン市内のホイリゲにて「お食事会」を開催、舞踏会初参加の方も、リピーターの方も、お食事しながら情報交換などされました。
またそのあとは、マティアス先生お勧めの、"かつては貴族の人たちが行っていた"という、とてもおしゃれなバーへ。駆けつけて下さったマティアス先生と共に、大人の雰囲気を楽しみました。

2008年シーズン

このシーズンには6つの舞踏会に参加、初めての舞踏会も色々と楽しみました。

2007年シーズン

このシーズンでは、思いがけない素敵な出会いがありました。
2名の日本人デビュタントのアレンジ・付き添いで参加した「不動産経済の舞踏会」にて、とてもすてきなご夫妻と偶然知り合い、その数日後、別の舞踏会で再会!それから連絡先を交換し、これ以来ずっと、親しくお付き合いさせて頂いております。これこそが、“舞踏会は社交の場”たる所以なのだと、実感です。

2006年シーズン

今年のシーズンには、なんとフランス・パリより、マリークレールmarie claire誌がわざわざ、私たちを取材に来ました。ダンススクールでのレッスン時から、当日のホテルでの着替え、オーパンバルでのパートナーとのダンスまで、参加者のお二人に密着。皆さんにとって大変貴重な思い出となって頂けました。

友人に伯爵がいますが、以前からお願いしていた舞踏会にお誘い頂きました。一般に参加者を募集せず、貴族のネットワークにのみ招待状がくるという舞踏会は、規模は数百人でしたが、有名なオーストリアの貴族はもちろん、近隣国のプリンス、プリンセスという方々も参加されている、大変に格式の高い舞踏会でした。

(写真は友人とですが、ご本人のご希望により顔を隠させて頂きました)
マリークレール誌の記者、
エマと

2005年シーズン

今年もグラーツの舞踏会へ参加しました、「仮面舞踏会」。
ウィーンでは、楽友協会で開催される2つの舞踏会のうちのひとつ、Techniker Cercleの舞踏会含め5つの舞踏会に参加して参りました。

2004年シーズン

今年のシーズンは初めて、ウィーン以外の舞踏会へ…グラーツのオーパンバル(オペラ座舞踏会)。
ウィーンのオペラ座よりは少し小ぶりながら、中はとても美しく、デビュタントたちのオープニングダンスも素晴らしいものでした。クローネマキコはなんと、4人のナイス男性たちにエスコートして頂きました♪

雑誌「アエラ」にもレポートが掲載されました

2003年シーズン

この年、2月のシーズン以外に夏も訪れ、ウィーン郊外にあるLaxemburgerというお城での夏の舞踏会に参加しました。仲の良い友人達との、夏の涼しい夕べの舞踏会はとてもすがすがしいものでした。

2002年シーズン

今年は初めて、狩猟家の舞踏会Jagerballに参加、ドレスコードにより、民族衣装をレンタルしての舞踏会は、かつて貴族が狩猟をしていたことにもちなみ、格式の高い舞踏会のひとつとされています。
また、普段は美術館としてクリムトの絵が展示されているベルベデーレ宮殿での夏の舞踏会は冬の舞踏会とは全く違う雰囲気なのでした。

2001年シーズン

オペラ座舞踏会と並び、最高格式の一つとされる、ウィーンフィル舞踏会は、ニューイヤーコンサートで世界的にも有名な、楽友協会大ホールにて開催されました。
女性たちのドレスも、他の舞踏会と違う…とてもハイソサエティな舞踏会でした。

上記以外の参加舞踏会ギャラリー

ドナウ川クルーズの舞踏会
仮面舞踏会、にゃん
2001年 花の舞踏会 1999年 仮面舞踏会
王宮舞踏会でのデビュタント

1994年 初めてのオーパンバル
初めてのドレス

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