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クローネマキコの舞踏会参加レポート

「一生に一度でも・・・」の思いで夢を実現してから早20余年。参加回数は100回を超えましたが、文化、伝統、そして社交を毎回楽しんでいます。。

参加された方々の体験談&フォトは、舞踏会体験談&フォトをご覧ください。

2024年シーズン

コロナ禍を経て昨年から再開された、ウィーン舞踏会。

今年は、オペラ座舞踏会オーパンバル、王宮の舞踏会合わせて、8名の日本人の舞踏会参加をお手伝いしました。
毎年恒例の、オーパンバル前日の「シュニッツェル食事会」も、当日のマティアス先生による「カドリール練習会」もわいわい盛り上がり、クローネマキコもとても楽しませて頂きました。

参加23回目となるオーパンバルでは数年ぶりに、フロアに並んでしかも前から2列目!
とても良い位置でデビュタントのダンスを間近で見られる!はずでしたが…なんと、オープニングの途中から気分が悪くなり、貧血気味も加えて具合が悪くなってしまい、あろうことかフロアを退出、一年に一度の楽しみである、オープニングのハイライト・デビュタントのウィンナーワルツが見られなかったのです😿
こんなことは23回目にして初めてで、しばらくは茫然&残念…。

それでも水分と休憩で復活!深夜の千人以上でのカドリールも楽しめました。デビュタントのダンスは写真や動画を友人からもらって、後から見ました…。

今回のパートナーは日本に住んでいたオーストリア人の友人。ご夫婦ともに、オーパンバル初参加、というから私が驚きです。
久しぶりに再会した以前からの知人、そして、数年前に何度か舞踏会で知り合って話をしていたご夫妻とも再会、連絡先も交換できました。こんな、”社交”も舞踏会の醍醐味です。

来年は、ちゃんと体調万全に、舞踏会を後悔のないよう、楽しみたいと思うクローネマキコでした。


[モデルの山本かれんさんの、感動の体験をラジオでお話し頂きました]

オペラ座舞踏会オーパンバルの
デビュタントティアラ

王宮舞踏会

メイン階段にて

20年以上の友人、ペーター

2023年シーズン

2年連続で開催中止!となっていた、ウィーン舞踏会…。
2020年2月にウィーン舞踏会から帰国した時には、まさかそのような事態になるとは全く想像もできませんでした。
舞踏会はおろか、毎年何度も滞在してきた第二の故郷、ウィーンに、行くことすらかなわない、そんな我慢の日々を重ねて、ようやく3年ぶりに再開された、オペラ座舞踏会オーパンバルと、王宮の「法律家舞踏会」に参加して参りました!

オープニングの美しいデビュタントたちのウィンナーワルツ、フロアいっぱいに広がる色とりどりのドレス、非日常な空間…
それらが「また戻ってきた!」という感激はさることながら、現地の方たちはどれほど、この再開を待ち望んでいたことだろうということに思いをはせ、それにも感動した3年ぶりの舞踏会でした。

でもこの中止の時期を経て、人々の状況は変わり、「年齢もあるし足も悪くなってしまったから、もう舞踏会には、行けない…」と、コロナ禍以前には何度も舞踏会ご一緒した年配の友人ご夫婦が言うのは寂しい限りですが、”友情”は変わらないですからね!
また、来年の舞踏会シーズンでウィーンを訪れたら、絶対に会いに行きます。

2020年シーズン

今年は日本から7名の方がウィーン舞踏会に参加されました。
現地では、10年ほど前から恒例の「オペラ座舞踏会前日シュニッツェル食事会」、全員でのカドリール練習会、直前説明会、チケット受け渡し…その間を縫ってクローネマキコは舞踏会に2つ参加、それに、日本から参加の方々とワイン会で飲み過ぎ、友人達にも10人再会と、忙しい滞在となりました。
【オペラ座舞踏会2020】
今年はモーツァルトの「魔笛」から夜の女王、がテーマ。会場は夜を思わせる装飾や、ボックス席やデビュタントたちのブーケに小さなライトが散りばめられ、会場が暗くなるとその光が揺らめいて、とても綺麗な光景でした。
オープニングでは、クローネマキコが以前、夜会で素人歌を披露したチャールダーシュの「踊りたい」デュエットを、ピョートル・ベチャワとアイダ・ガリフッリーナが情熱的に歌い上げました。
この日は舞踏会の冒頭からクローネマキコはひたすら眠く、深夜2時のカドリールは半分寝ながら踊っていたのです😅 が、途中パートナーと椅子でひと休み(ひと眠り)して復活の後は、最後から3曲目まで踊り、ホテルザッハーで朝食も食べて帰宅しました…すでに6時半。
いつもながらデビュタント達の美しさ、オペラ座で踊るウィンナーワルツ、そしてスローワルツは非日常で、この場に今年も来られたことに心から感謝です。知り合いでもあるパートナー、ロベルトRobertにも楽しませてもらいました。
ところで会場ですれ違った日本人の方々が何人も、私を見るなり「あ!」「テレビを見て参加したのは少なくとも3組はいます!」「きっと会場でお見かけすると思ってました」と声をかけてこられたので、やはりあの「マツコの」番組の影響力は凄い!と改めて実感したのでした。
今回は、チケット入手が更に厳しくリピーターの方々がとうとうキャンセル待ちでご参加頂けなかったこと、初参加の方がオープニングで体調を壊されホテルに帰られてしまったことなどが残念でしたが、次回以降に楽しんで頂ければと思っています。
ラジオのコーナーでもお話ししています。https://m.youtube.com/watch?feature=youtu.be&v=MyhFgPSpGcs


オペラ座舞踏会デビュタントの今年のティアラ  クリスチャン・ラクロアのデザイン



装飾とデビュタントたちのブーケの中の光が美しかった会場


【TV撮影から1年の、王宮舞踏会】
「マツコの知らない世界」取材に昨年、番組ディレクターさんが2人、王宮で密着してから早や1年。
今年の法律家舞踏会は1920年代がテーマということで、女性のドレスや髪型も昔懐かしい雰囲気たっぷり。それらを見ているだけでも楽しめましたし、会場の照明や装飾もどことなく、レトロな雰囲気を醸し出していました(私自身はといえばいつもと同じ雰囲気でしたが。)
2日前のオペラ座舞踏会で深夜のカドリールを一緒に踊った、素敵なドイツ人カップルと再会して親しい雰囲気で話ができ、また来年も、ぜひ会いましょう!なんていうのも、舞踏会ならではの楽しい社交ですね。
パートナーが疲れた〜ので少し早く(3時半頃)会場を出、アパートに帰って髪もお化粧も落とすと荷造り、1時間仮眠して空港へ向かい、今年の、ウィーン舞踏会シーズンは終わりました🌸

今回も、某テレビ番組からの写真・動画提供の依頼のためあれこれ撮影したのは忙しかったけれど、日本から参加のお二人にもご協力頂いたお写真が無事、昨日の番組で放映されました。

そして帰国したその日から、クローネマキコはインフルエンザになってしまいましたとさ(新型コロナではなくて良かったですね、というお見舞いも多く頂きました)。





2019年シーズン

【今年は日墺友好150周年記念年】
超寒がりの私が手袋も帽子もなくて平気な、暖かいウィーンでしたが、初日の朝から、なんとアパートのトイレが壊れました。修理の手配などで大変です。
日本・オーストリアの修好通商条約締結から150年の今年は、舞踏会としても少し特別でした。

「記念年」のオペラ座舞踏会・オーパンバルに、クライネ・クローネとして初めて、オペラ座舞踏会デビュタントが誕生、そのお手伝いをさせて頂きました。2年前に王宮の舞踏会でデビュタントされた、京都の学生さんM.I.さんです。
ティアラはヴェルサーチデザイン、スワロフスキー製。当日の白いドレスにこのティアラの美しいお姿が楽しみです。ティアラの他にも、デビュタントだけのお土産も全部見せて頂いて、女子としては楽しい時間です。
舞踏会前日には、お茶した後にティアラを見せてもらい、図々しくも私も頭上に載せてみたり。



クローネマキコは今回でオペラ座舞踏会の20回目の参加でしたが、デビュタントさんのお陰で初めて前日のゲネプロを見ることができました。我らがデビュタントさんの立ち位置を確認です。メディア取材の人たちもゲネプロだというのにたくさん来ていました。

【オペラ座舞踏会オーパンバル2019】
例年になく遅い、2月末の開催だった今年。
クライネ・クローネからの参加者は少なったですが、クライネ・クローネからのデビュタントさんが出るので私までドキドキ。
いつもながら、美しいデビュタント達のオープニングダンス、日本人のダンス学校生徒さんも出たバレエ、アンナ・ネトレプコの歌、などなど、1年に1度の、夢のようなオープニングセレモニーは幸せな時間です。
そしてたくさんあるオペラ座内の部屋の中に、記念年ということでわざわざ、巨大な(1mx1mとか?)折り紙でつくられた鶴が何羽も飾られた部屋もあったのを、私は後から知りました。国営放送でもその作成映像が流されていたようです。
舞踏会の後は朝食をして、パートナーに送ってもらい…夢の一夜は今年も、夜明けと共に終わりました。










【初めての、テレビ密着取材!】
1年前からのプロジェクトで、TBSの「マツコの知らない世界」取材が入っていました。
オペラ座舞踏会でもオペラ座前の「行ってきまーす」シーンや、朝5時半にパートナー君と朝食のシーンなどを撮影、昼間も舞踏会前の美容院でのセットの様子や、仮面舞踏会用に地元の人達が行くショップでの撮影などなど、舞踏会以外の場でも撮影しました。結局は使われなかったシーンも多かったのですが、それも楽しい経験です。
その後はドレスに着替えて王宮の舞踏会…こんな非日常に、今年も感謝です。

【TV番組密着取材の、王宮舞踏会】
王宮で開催された「法律家舞踏会」では、生まれて初めて「密着」取材されて、嬉しいやら恥ずかしいやら。クルーの方々とのショットです。

パートナーとして一緒に行った友人マティアスが、王宮内の案内も色々してくれて、私は毎年行っているところながら、改めて勉強にもなりました。

【日墺150周年記念・ウィーン少年合唱団の舞踏会~少年合唱団の歌声と共に】
オペラ座と王宮の舞踏会から帰って3週間、またウィーンへ。
舞踏会参加歴100回以上の私ですが、今回初めて舞踏会が開かれるコーブルグ宮殿での、「ウィーン少年合唱団の舞踏会」に参加しました。日墺友好150周年ということで、テーマが「日本」。
日本舞踊、少年合唱団の歌、日本人ソプラノ歌手の歌、そして在オーストリア日本大使の掛け声での鏡割りで舞踏会は始まりました。
宮殿内には日本庭園の写真、草月流の見事な生け花、茶道の紹介コーナー、寿司や酒コーナーも大変賑わっていましたし、意外だったのは現代日本の文化を象徴するボーカロイドのコンサート。新旧の日本文化を、参加の皆様には感じて頂けたのではと思います。
10年前、日墺140周年の時にオーストリア大使だったJutta Stefan-Bastle大使ご夫妻にも数年ぶりにお会いしましたら、ご着任の際に天皇陛下から賜わったというメダルを綬にお召しでした。
初めての着物での舞踏会参加、帯はパーティーに相応しく花飾りに。
ダンスは…祖母や母から受け継いだ大事な草履やバッグでしたので、途中でドレスに着替えて思い切り踊りましたが、記念年の、特別な舞踏会となりました。


元オーストリア大使ご夫妻


小井沼 駐オーストリア日本大使

2018年シーズン

【オペラ座舞踏会オーパンバル2018】
舞踏会に参加して25年目!もう何度目のオペラ座舞踏会でしょう。でも、オープニングのだしものが違い、パートナーやご一緒したメンバーが違い、会場の飾りつけや、出会う人達も違うと、思い出も楽しみ方も違うのです。

昨年に知り合ったパートナー君とは初めてのオーパンバル、それだけでもワクワクです。もちろんダンスも女性のエスコートも完璧、オーパンバルのデビュタントにもなったことのある、某省にお勤めの方。踊るだけではなく、旅行や仕事など色々な話をしながら、オペラ座内を散策、飲んだり食べたり


オペラ座舞踏会デビュタントのティアラ、Dolce & Gabbana デザイン

この日は夜7時半にアパートを出発、日本の皆様とホテルで合流、舞踏会が朝終了すると、「朝食を食べて帰るのが伝統なんだよ」というパートナー君、初参加の学生君と一緒にカフェ・ザッハーで朝食を取って…アパートに送ってもらい帰宅したのは朝7:15でした。
楽しく長ーい、でもあっという間の夜でした。

大統領、首相もご臨席のオープニングセレモニー

パートナーさんと

カフェ・ザッハーでの朝食…6時

【王宮舞踏会で踊るウィンナーワルツ】
現地の仲良し友人宅での食事→飲み会で夜中2時半に帰宅した翌日は、王宮での「法律家舞踏会」に、長年の友人と参加、また本場で、「美しく青きドナウ」に乗り踊れる幸せを感じながらの時間を過ごします。


王宮舞踏会で

カドリールの時に突然、「あの…」と話しかけられた日本人は、昨年、あるパーティイベントで私がカドリールをお手伝いした方のお知り合いで、そのパーティのFacebook記事で私を覚えていて下さったのです。ウィーンで知り合いの知り合いに会うなんて嬉しいし、世間は本当に狭いですね。

ところでアパートの暖房が壊れ、ここ数日寒い夜を過ごしていましたが、やっと業者に来てもらい直りました。あー良かった!

先程、信号待ちをしていると、止まった観光バスの中から私に手を振る人…なんと、日本人の旧友がガイドの仕事中でバスにいたのです!
その後、急遽時間を合わせて久々にお茶し、相変わらずウィーンで頑張っている姿に元気をもらいました〜

【伝統文化に入れてもらえる幸せ】 昨日で、クライネ・クローネからお連れした方々、知り合いはほぼ帰国され、今夜は仲良し友人達4人で、完璧プライベートで仮面舞踏会を楽しみます。

なんと今日はこの特等席から王宮舞踏会のオープニングを見ることになりました


仮面舞踏会のオープニングセレモニーを二階席から

仮面舞踏会は、最も古い伝統120年の学生社交クラブ(うまく訳せませんが)が主催。男性達は独特の帽子とストライプを付け、オープニングは華やかさの中にも他の舞踏会とは違う独特の、重厚な雰囲気です。
王宮の中はとにかくものすごい人数で、多分3,000人以上はいたかと思います。
友人の計らいで入れてもらった2階席でオープニングとカドリールを見ていましたが、地響きがするほどの迫力と圧巻!本当に伝統と、文化なのだと実感させられました。
私は友人達との参加に喋ったり飲んだり笑ったりが楽しすぎて、色々な部屋や人々の素敵な仮面写真も撮ることをすっかり忘れ、終了4時半までにカドリールとワルツ4曲くらいしか踊らなかったけれど、地元の人々が愛するこの素晴らしい文化に、ただの外国人である私が入れてもらったことに、心からの感謝と感激で帰ってきたのでした。

そして一睡もせずアパートを出発、踊っていた3時間後にはすっぴんメガネで空港にいました。
今年の、我が夢の街ウィーンでの、夢の時間は終わりました。 4日連続の夜中・朝帰りの後のフライトは、ただ眠るのみ…夢の中でも、踊っていたかもしれません


一斉に、カドリール

2017年シーズン

今年のシーズンは1月、そして恒例の2月ハイライト時期と、合計5つの舞踏会に参加致しました♪

【1月 夢の中のウイーンフィル舞踏会?Wiener Philharmoniker Ball like in a dream?】
元旦のニューイヤーコンサートで世界的に有名な、ウィーン楽友協会での舞踏会。
一緒に参加した現地の親友マティアスが「最もエレガントでハイソサエティな舞踏会のひとつ」と話してくれましたが、ドレスコードは最高格式、ご婦人たちのドレスを見るだけでもそれを納得できるものでした。「元貴族」というハイソサエティの方々も多く参加される舞踏会だそうです。
アンナ・ネトレプコやプラシド・ドミンゴなど世界的アーティスト、前大統領ご夫妻、他にも著名人が多くいたようです♪
会場の中を、途中シャンパンを飲んだり音楽を聴いたり、地下3階からギャラリー席までぐるぐると探検。
マティアスは知り合いも多く「犬も歩けば」状態、あちこちで「社交」が繰り広げられ、踊る時間がほとんどなくカドリール以外では2曲ほどしか踊りませんでしたが、社交を楽しむ舞踏会、を実感致しました。

何と言っても、花で飾られ、ロブマイヤーのシャンデリア輝く「黄金のホール」で、美しい天井画がとりどりの色の照明で彩られるを見上げながらウィンナーワルツを踊る時間は、本当に夢のような、非現実のひと時だったのです。
翌日は、王宮での「薬剤師の舞踏会」。
3泊5日の間に舞踏会2つに参加という強行軍でも、ー17度という外気に耳が取れそうになっても、「自分へのご褒美旅」でした。

ここに掲載しきれないほどの、たくさんの美しい写真や動画。
長年の友人たちと

【2月 デビュタントも誕生】
今年のシーズンハイライトは、例年より少し遅めでした。クライネ・クローネからは15名の方がのべ35舞踏会に参加されました。 そのうち2名が、関西からのデビュタントです。

ウィーン街中のスワロフスキーのショーウィンドウには、オペラ座舞踏会でデビュタント達が着けるティアラが飾られていました。今年のデザインはなんと、シャネルやフェンディのデザイナー、カール・ラガーフェルド。
「美しく青きドナウ」150周年ということで、ブルーのクリスタルが美しいティアラです。(私もあとン十歳若かったら…)


オペラ座舞踏会前夜は毎年恒例になった「巨大シュニッツェル食事会」で、もうすぐお誕生日の秋本さんのHappy Birthday 〜♪も致しました。
舞踏会当日には、これも恒例の「クライネ・クローネ カドリール会」を経て、オーパンバルです

デビュタント「社交マナーレッスン」修了証 顔より大きい!シュニッツェル Happy Birthday ダンススクールルエフで、毎年恒例のカドリール会

今年の私のパートナーさんは、いつもクローネからの参加女性と一緒に行ってくれている、ロベルト。
ダリのような素敵なお髭、ダンスが抜群に上手で、いつも女性を笑わせてくれる人です
オープニングのデビュタントたちのウィンナーワルツは、もちろん、「美しく青きドナウ」…何度見ても、感動するオープニングシーンです。


2日目の夜は、とてもカジュアルな、お菓子がたーくさんもらえるお菓子の舞踏会「ボンボンバル」。
参加の皆さん、途中アイスクリームを試食し、袋にいっぱいお菓子を詰めて帰られました。私は長年の友人、ペーターと。


最終日は、第200回という格式高い「法律家舞踏会」inウィーン王宮。私たちの中から初々しいデビュタントが2人誕生して、感激です
2週間前からウィーン入りしてマナーレッスン、ウィンナーワルツレッスン、そしてデビューダンスのリハーサルを重ねて、本日の「社交界デビュー」となりました。
エリート官僚である私のパートナー君はダンスもエスコートもパーフェクト
朝5時まで踊り明かした後は伝統のカフェで朝食、寝ずに空港へ向かい、舞踏会の余韻のまま、オーストリアを離れました(機材の椅子が体に合わず、その後1週間は首が痛かった…)。



[拡大する]
パートナーは財務省のエリート君、もちろんダンスもエスコートもパーフェクトで夢のような一夜~朝食までを過ごさせてくれました。
デビュタントのブーケをもらって帰りました 女性のお土産の一つは、スワロフスキークリスタル製の薔薇…

忙しくも幸せな1週間を今年も過ごせたこと、クライネ・クローネで手配お手伝いさせて頂きご一緒した15人の皆様も楽しい思い出として頂けたことも嬉しい限りです

2016年シーズン

今回はクライネ・クローネより10名以上の方々が参加され、クローネマキコは舞踏会3つ「医師の舞踏会」「オペラ座舞踏会オーパンバル」「カフェオーナーの舞踏会」に参加して参りました。[渡墺49回目、舞踏会参加108回目]

オーパンバルでは60回記念の扇子もおみやげにもらって、いつものように朝まで…踊り明かしました。

*クローネマキコが毎月コーナーで出演しているラジオ番組では、参加者のお一人、佐藤エミリアさんにゲスト出演して頂きました。オンエア録画をYou Tubeでご覧ください。
*掲載の写真はクローネマキコ、友人、参加者の方々が撮影のものですべて了承を得ておりますので、無断転用は固くお断りします。

前日の食事会でハッピーバースデー! プラシド・ドミンゴ 「メリーウィドウ」
ウィーンの友人達と一緒に参加 バレエの演出をしたマラホフ
60周年記念のお土産 王宮舞踏会に、長年の友人達と

2015年シーズン

今年はクライネ・クローネを設立してから15周年記念の年。
そして今や親友であるマティアスと知り合って15年。
そのお祝いに!と、仕事をやり繰りしてマティアスは一緒にオペラ座舞踏会に参加してくれました。
舞踏会では彼の友人知人に数多く会い、ボックス席に招待して頂いたり伯爵夫妻にお会いしたり…その都度、「僕たちの友情15周年を祝ってるんだよ」と、皆に紹介してくれました。

美しく、華やかで、夢のようなウィーン舞踏会に参加できるだけでも心浮き立つ時間ですが、変わらない友情をここウィーンで得たことの喜びをかみしめた、舞踏会の夜でした。

2014年シーズン

クライネ・クローネより 10人近い方々がウィーンの舞踏会に参加され、クローネマキコも4つの舞踏会に参加して参りました。
このシーズンで、クローネマキコは初めてのウィーン舞踏会参加からちょうど20年、参加回数も100回を越した記念の年となりました。

何度参加しても美しいオペラ座舞踏会オーパンバル。
数年来親しくさせて頂いているご夫婦、そのお友達とご一緒しました。
法律家舞踏会では、今年も日本人デビュタントが誕生致しました。
たまたま撮影に来ていた日本のテレビカメラクルーにも撮影して頂く幸運にも恵まれました。
数年ぶりに参加した仮面舞踏会、ウィーンで購入した猫のお面を意気揚々としていったのですが…友人たち達にはとても不評でした(笑)。けれども会場では親友マティアスにもバッタリ会い、もちろんカドリールダンスも楽しむことができた夜でした。 10年来のプライベートの友人たちとは、カジュアルな雰囲気のボンボンバルへ。
踊ったり喋ったり笑ったり、毎回とても楽しい時間を過ごします。

今年初めてのイベント、東日本大震災チャリティーコンサート「ウィーンで歌う第九UTAU DAIKU」に、ソプラノとして参加致しました。これは、ウィーンフィルニューイヤーコンサートで世界一有名な学友協会で、ウィーン少年合唱団と一緒に歌うというもので、日本からは数百人のコーラス、そして福島県南相馬市の生徒さんたち20人も参加しました。
日本での全体練習、ウィーンではゲネプロを経て迎えたコンサートには、クローネマキコの現地友人たちも10人ほど聴きにきてくれていて、会場は満員。感動的な第九となりました。
アンコールで歌った、震災復興ソング「花は咲く」のリハーサルには、震災当時など色々なことが頭をよぎり、歌いながらどうしても涙が止まらなかったのですが、本番にはアンコール曲も笑顔で歌い終わることができました。

友人達には、「花は咲く」の歌詞の意味(意訳)をコンサート後に伝えました。 素晴らしかった、感動をありがとうの感想が送られてきた中から3人の一部をご紹介し、今年の報告を終わらせて頂きます;

It was beautiful and we are proud to have a singer in our rows. I think it's important for thr world not to forget the Fukoshima accident. And this is a wonderful way to do this. This song took away the audiance to a peaceful place into japan for dreaming.

コンサートはとても美しく、僕たちの中から歌手が出たことを誇りに思う。世界にとっても、あのフクシマの事故を忘れないことは大事で、そのためにも素晴らしい方法の一つだと思う。あの曲は聴衆を、夢見ている日本の、平和な場所に連れて行ってくれた。

I very very much like the last song, the Japanese song, the melody and all the voices, was very impressed! As we all know, the origin behind this song is a very sad one, let us hope that such tragedy never will occur, nowhere in the world!!!

最後の曲、日本語の曲がとてもとても良かった。メロディーや声(コーラス)がとても印象的だったよ!この曲の背景にあるのがとても悲しいものだということを知って、もう世界のどこにも、あのような悲劇が起こらないことを!!!

The last song – even if I didn’t understand anything - was so beautiful, I looked at the people singing – nearly all sang it by heart – specially the Japanese students above. The song was so beautiful to listen - it fully went under my skin! It was a very emotional and special event for us!

2曲目は(全く歌詞は理解できなかったけれど)とても美しかったよ。歌う皆さんを見ていて、ほとんどの人達が暗譜をしていたね、特に日本からの生徒さんたちも。あの歌は本当に美しくて、鳥肌が立つほとだった。僕たちにとってとても感情的にスペシャルなイベントだったよ!

2013年春

スペイン乗馬学校での開催という珍しい舞踏会、Fête Impérialeに初めて参加。オープニングのパフォーマンスにはポニーや、ウィーン少年合唱団も出演していました。

2013年シーズン

今シーズンは王宮の舞踏会にて「デビュタント」も誕生し(日本・プロトコール&マナーズ協会様からのご依頼により)、クローネマキコもそのお手伝いとしてオーディションから見守らせて頂きました。
日本の皆さんとご一緒に、あるいは個人的に友人と共に、5つの舞踏会に参加致しました。知人・友人との、相変わらずの交友を楽しみ、踊り、社交界ならではのVIPとも知り合い… やっぱり、舞踏会は楽しい!と実感して参りました。

ウィーン経済界の座舞踏会にて親しくしている方たちと (ウィーン経済界の座舞踏会)
親しくしている方たちと
オペラ座舞踏会オーパンバル2013 オペラ座舞踏会
オーパンバル
ヨハン・シュトラウス舞踏会 10年以上の親友マティアス ヨハン・シュトラウス舞踏会ヨハン・シュトラウス舞踏会
(ドレス Mariko Kohga)

2012年シーズン

オペラ座舞踏会では、前駐日オーストリア大使と偶然同じテーブル席となり、天皇陛下から賜ったという勲章を、この舞踏会で初めて身に着けてつけていらっしゃったとお聞きし、日本人としてとても誇りに思いました。

2011年シーズン・及びDAC

このシーズン、クローネマキコは初めて、ドイツ(フランクフルト)のオペラ座舞踏会に参加致しました。
ウィーンでも、オペラ座舞踏会ほか、いくつかの舞踏会へ。
そして、4月にはウィーンの親友主催のチャリティー舞踏会、Dancer Against Cancer (DAC)へ。3月11日の東日本大震災の後ということもあり、主催の親友はじめ、現地の友人たちから心配の声を掛けられてきました。

フランクフルトの
オペラ座


Dancer Against Cancerにて
マティアスと、
とても素敵なおばあ様と

滞在中は、面識のあるハプスブルグ家末裔プリンセスをお城に訪問しましたが、プリンセスもチャリティーコンサートを企画されているとお聞きし、感激でした。

2010年4月Dancer Against Cancer

クライネ・クローネのプロデュースのもと、2名の日本人がデビュタントとして参加しました。 今回、日本人デビュタントは最前列でのダンス披露という栄誉を授かりました。 また、デビュタント以外の日本からの参加者3名には、マティアス先生の計らいで今回は特別にVIPチケットをご用意して頂きました。 各界著名人もチャリティーに参加し、舞踏会は大盛況で幕を閉じました。 クローネマキコは、オーストリア人なら誰でもしっているミュージシャンとも、知り合いになったのです。

ここでは、DaCからの写真を下にご用意したスライド、または ウェブアルバムでお楽しみください。

Dancer against Cancerってどんな舞踏会?についてはこちらをご覧下さい。

2010年シーズン

IAEA舞踏会など4つの舞踏会に参加、その中には、かのシュトラウス家末裔の方がデビュタントをされるシーンにも遭遇致しました!さすが、ウィーンですね。そんな方が"普通に"私たちの身近で踊っているなんて。
4月には、親友マティアスが主催する癌チャリティー舞踏会、Dancer Against Cancerにも参加致しました。
マティアスのご両親と

2009年シーズン

今回は初めての企画としまして、参加者の方々とウィーン市内のホイリゲにて「お食事会」を開催、舞踏会初参加の方も、リピーターの方も、お食事しながら情報交換などされました。
またそのあとは、マティアス先生お勧めの、"かつては貴族の人たちが行っていた"という、とてもおしゃれなバーへ。駆けつけて下さったマティアス先生と共に、大人の雰囲気を楽しみました。

2008年シーズン

このシーズンには6つの舞踏会に参加、初めての舞踏会も色々と楽しみました。

2007年シーズン

このシーズンでは、思いがけない素敵な出会いがありました。
2名の日本人デビュタントのアレンジ・付き添いで参加した「不動産経済の舞踏会」にて、とてもすてきなご夫妻と偶然知り合い、その数日後、別の舞踏会で再会!それから連絡先を交換し、これ以来ずっと、親しくお付き合いさせて頂いております。これこそが、“舞踏会は社交の場”たる所以なのだと、実感です。

2006年シーズン

今年のシーズンには、なんとフランス・パリより、マリークレールmarie claire誌がわざわざ、私たちを取材に来ました。ダンススクールでのレッスン時から、当日のホテルでの着替え、オーパンバルでのパートナーとのダンスまで、参加者のお二人に密着。皆さんにとって大変貴重な思い出となって頂けました。

友人に伯爵がいますが、以前からお願いしていた舞踏会にお誘い頂きました。一般に参加者を募集せず、貴族のネットワークにのみ招待状がくるという舞踏会は、規模は数百人でしたが、有名なオーストリアの貴族はもちろん、近隣国のプリンス、プリンセスという方々も参加されている、大変に格式の高い舞踏会でした。

(写真は友人とですが、ご本人のご希望により顔を隠させて頂きました)
マリークレール誌の記者、
エマと

2005年シーズン

今年もグラーツの舞踏会へ参加しました、「仮面舞踏会」。
ウィーンでは、楽友協会で開催される2つの舞踏会のうちのひとつ、Techniker Cercleの舞踏会含め5つの舞踏会に参加して参りました。

2004年シーズン

今年のシーズンは初めて、ウィーン以外の舞踏会へ…グラーツのオーパンバル(オペラ座舞踏会)。
ウィーンのオペラ座よりは少し小ぶりながら、中はとても美しく、デビュタントたちのオープニングダンスも素晴らしいものでした。クローネマキコはなんと、4人のナイス男性たちにエスコートして頂きました♪

雑誌「アエラ」にもレポートが掲載されました

2003年シーズン

この年、2月のシーズン以外に夏も訪れ、ウィーン郊外にあるLaxemburgerというお城での夏の舞踏会に参加しました。仲の良い友人達との、夏の涼しい夕べの舞踏会はとてもすがすがしいものでした。

2002年シーズン

今年は初めて、狩猟家の舞踏会Jagerballに参加、ドレスコードにより、民族衣装をレンタルしての舞踏会は、かつて貴族が狩猟をしていたことにもちなみ、格式の高い舞踏会のひとつとされています。
また、普段は美術館としてクリムトの絵が展示されているベルベデーレ宮殿での夏の舞踏会は冬の舞踏会とは全く違う雰囲気なのでした。

2001年シーズン

オペラ座舞踏会と並び、最高格式の一つとされる、ウィーンフィル舞踏会は、ニューイヤーコンサートで世界的にも有名な、楽友協会大ホールにて開催されました。
女性たちのドレスも、他の舞踏会と違う…とてもハイソサエティな舞踏会でした。

上記以外の参加舞踏会ギャラリー

ドナウ川クルーズの舞踏会
仮面舞踏会、にゃん
2001年 花の舞踏会 1999年 仮面舞踏会
王宮舞踏会でのデビュタント

1994年 初めてのオーパンバル
初めてのドレス

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